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│ ★たばこ屋ドットコムメルマガ 2007/10/31
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お元気ですか?
旅の話にも飽きてこられたかもしれませんので、ひと段落したようですが、
今回は箸休めで世間で盛り上がった「ボクシング世界戦」についてちょっと。
< バッシングの根っこ? > (な〜んて暇にまかせて考えてみました)
何事も”道”として追求する。これは日本文化の特徴かと思います。
剣道、柔道、空手道、相撲道、合気道、と格闘技系に限らず、華道、茶道、香道、
はたまた外国のスポーツの”ベースボール”まで”野球道”になってしまいますよ
ね。イチローの言動などを”侍”に喩える評論家がいることもご存知かと思います
。なんでも人間性を磨く”道”にするのが好きなんですね。
日本人を世界に紹介した本、新渡戸稲造の「武士道」、西洋社会にも身を捨てて王
に忠誠を尽くす「騎士道」がありますので、日本だけの専売特許ではないと思いま
すが、戦国時代ではわざわざ名乗り合ったり、殺し合いの戦争でも最低限のルール
が存在しました。現在でもジュネーブ条約では細菌化学兵器は禁止されていますし
、また、捕虜(敗者)の待遇にもルールがあります。「死者に鞭を打たない」と云
う言葉がありますが、これは敗者(とは限りませんが)に対する勝者の”思いやり
”であり、特に日本には切腹に象徴される責任の取り方など、文化的に「負けの美
学」も重要視されていると思います。
しかし、敗者として尊重される場合には「いさぎよさ」が求められます。しかも正
々堂々と戦った場合に限られるのではないでしょうか?卑怯者、裏切り者は晒し首
にするなど徹底的に残酷に扱われましたしね。殺しあう戦争ですら最低限のルール
があるのですから、興行としての格闘技のルールは絶対的なものでしょう。
(総合格闘技でもヌルヌル事件ありましたねぇ)特に格闘技に限ったことではない
と思うのですが、何事かを追求し極めた人物、達人の発言は「一芸は百芸に通ず」
と申しますように、文化を越え共通したものがあるように思えます。目標が高けれ
ば高い程「自分は無知、無力である」とか「死ぬまで修行だ!」なんて発言をなさ
います。技を極めた人ばかりでなく真摯に何事かを追求する人は自ずと”謙虚”に
なり、道徳や倫理、礼儀作法に通じ、人間形成をする。これを日本人は”道”と考
えるのでしょうね。
もはや社会問題化した、あのボクシング世界戦。ビジネスなので、ビッグ・マウ
スもエンターテイメントとしてのパフォーマンス。役者が悪役を演じるようなもの
ですから、面白くなるので大歓迎なのですが、プロとして金を貰うのなら”負けっ
ぷり”も良くなくてはなりません。
有名なボクシング漫画「がんばれ元気」にこんなシーンがありました。
老練なトレーナー兼セコンドが、アマチュア・チャンプにボコボコにされた元気に
「プロなら、ハデにぶっ倒されてこい!」とリングへ送り出したのです。せめて、
試合後に深々と頭を下げ勝者を讃えていたら反則もこれほど非難されなかったのじ
ゃないかな?日本人の深い処にある”負けの美学”に反し、逆鱗に触れたんだな。
と思うのでした。
(格闘技に興味の無い方々、つまらない話ですみません)
あ┃と┃が┃き┃
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次回は旅行記の続きをお送りします。
それでは、また。ぷはぁ〜(^o^)y-。o0 |